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カナダ留学から始まった日本での起業ストーリー
まず、ビューエルさんの経歴と起業のきっかけについて教えてください。
私はもともと日本で生まれ、学生時代にカナダに留学しました。現地の大学でジャーナリズムを専攻していたのですが、そこで国際結婚をしたのです。学生結婚でもありました。
卒業後は2年ほど日本にいようと思って帰国したのですが、当時3歳だった子供の教育環境も考えて、一時的な滞在のつもりでした。ただ、その間に何か日本とカナダを繋ぐような仕事ができないかと考えたのが起業のきっかけです。
最初はどのような事業を始められたのですか?
最初に始めたのは、ツーバイフォー(2×4)などの建材を日本に輸入して販売する会社でした。カナダの優良な建築資材を日本市場に紹介したいと考えたのです。
建築業界は現在でも男性が多い業界ですが、当時はその傾向がさらに強く、いくら「素材が良いですよ」と説明しても、なかなか受け入れてもらえませんでした。
会社を作って2年ほど経った頃、このままではいけないと思い、定款を変えて仕切り直しをしました。翻訳・通訳そして輸入代行を主たる業務としました。そしてそれがきっかけでジェトロの輸入専門家として海外を回るようになりました。
テレビショッピング創世期での成功体験
その後テレビショッピングとの関わりが始まったそうですね。
デンマークの寝具メーカーとのご縁が深くなっていく中で、テレビショッピングが日本に導入され始めた時期でした。本当に創世期だったんですよ。フジテレビさんやテレビ東京さん、QVCさんなど、そういったところでテレビショッピングが始まり、そこから会社の売上が大きく伸びました。
実際にテレビにも出演されていたのですか?
はい。展示会に出展するうちにテレビショッピングのバイヤーの目に留まり、結局自分が出て販売することになりました。それが次第に広く知られるようになり、様々な番組にコメンテーターとして出演させていただくようになりました。
この時期は、初めて「自分の能力で勝負できる場所を見つけた」という実感がありました。建築業界では性別の壁があってうまくいかなかったのですが、テレビショッピングの世界では実力次第で評価してもらえたのです。
M&A売却後8年残留という異例の体験
その後、会社売却を決断されたそうですが、どのような経緯だったのでしょうか?
実は、普通の売却とは少し違っていました。私自身は仕事を続けたい気持ちが強かったのですが、さまざまな事情が重なり、そのような形になったのです。同じ通販業界で、うちはBtoB、相手方はBtoCということで、お互いに相乗効果があるのではないかと考えました。
私としては、「仕事を続けられること」、「社員の雇用が守られること」、「銀行の保証から外れること」、この3つの条件が満たされれば、今まで通り業績は伸ばしますというお約束で会社を売却しました。一般的な後継者不在による売却や、引退したいという理由とは全く違ったのです。
売却後も8年間残られたというのは非常に珍しいケースですね。
そうですね。当時、大学院の研究室の方が日本全国を調べた結果、「売却後に残っている社長として最長で、女性で売上を4倍に伸ばした例はほかにないようだ」と伺ったことがあります。
ただ、2年目ぐらいから帳尻が合わなくなってきたんです。自分の会社だったらリスクもあるけれど、頑張れば頑張っただけ自分の成果になります。しかし売却後は、どんなに素晴らしい売上が上がっても、結局それは向こうの利益で、私は従業員の立場なわけです。
その違和感はどのように表れたのでしょうか?
ずっと経営者としてやってきたので、その違和感は大きかったです。さらに買っていただいたという申し訳ない気持ちもあって、普段よりももっと頑張ろうとするわけです。そして頑張って成果を出しても自分のものにならないことに違和感を感じました。
「やはり会社は自分がやらないとダメ」という気持ちに気付かされました。幸い、2006年に株式会社アルトスター(当時はアルト)を起業しており、その会社は手放さなかったので、そちらの事業に注力することにしました。
超高機能繊維「機能綿」で新たな挑戦
現在の株式会社アルトスターは、どのような事業をされているのですか?
現在は、ドイツの特許繊維技術から生まれた「機能綿」の日本正規代理店として、メーカー・小売企業の寝具・化粧品等の商品開発を支援しております。
この事業に至ったきっかけを教えてください。
もともとデンマークの医療寝具を日本で販売していたのがきっかけです。そこの社長さんから紹介されて、このドイツの繊維に出会いました。
繊維には2種類あり、一つは Clima という温度調整機能のあるもの。そしてもう一つは Skincare というビタミン E が摩擦と体温で滲み出てくるものです。
「スキンケアについては化粧品ができるかもしれない」と思い、東京都の薬務課に相談に行きました。
担当の方が仕組みを理解された時に「普通は作れないから、すごいものだ。」とおっしゃってくださり、その後薬務課に何度も通い、化粧品として販売できるようになりました。
現在はどのような商品展開をされているのですか?
化粧品として販売するということは、薬機法上の56項目にある効果を販売の際にうたうことができます。メインはこの機能性繊維を使った商品ですが、その他にもコンサルティング事業を行っています。
例えば、料理関係でも、ミシュランのシェフの方たちと連携してレシピを作成し、その味についてシェフからOKが出れば、マスプロダクション(大量生産)に移し、通販で販売するという事業も展開しています。
今後のターゲット市場はどのようにお考えですか?
私たちが特に参入したいと考えているのは、「温度調節ができる綿を使った家具」や「ジャケットなどのアパレル用品」です。近年は気温の変化が大きいため、こうした温度調節機能を備えた衣類には高い需要があると見ています。
現在リカバリーウェアが人気を集めていますが、私たちの商品は「睡眠美容が叶う衣料化粧品」として、着ているだけで美容効果が期待できます。さらに保湿効果なども見込めるため、リカバリーウェア市場に加え、美容意識の高い層への展開も大きなターゲットになると考えています。
経営者の心の健康を支えるウェルビーイング事業
昨年2024年に書籍を2冊出版されたと伺いました。どのようなテーマなのでしょうか?
1冊は経営とM&Aについて(著書「経営者のゴール:M&Aで会社を売却すること、その後の人生のこと」)、もう1冊はウェルビーイングについて(著書「北欧流 幸せになるためのウェルビーイング」)書きました。一見関係ないように思われるかもしれませんが、実は密接に関係していると考えています。
M&Aの時も、経営者は非常に悩みます。何も相談できない状況で、特に財務的なことやリスクに関することなど、そういった時にやはり心と体のバランスを保てるようにすることが一番重要だと思うのです。
どんなに会社の業績が良くても、やる気が出ないとか、皆さんその辺りの悩みを抱えていらっしゃいます。M&Aを決断したものの、なかなか前向きになれないとか、その後の業績がずっと下がってしまうとか、モヤモヤしてしまってやる気にならないといった相談を多く受けるのです。
経営者の心の健康やウェルビーイングに注目された背景を教えてください。
長い間、北欧のアイテムを扱ってきて、日本で紹介していたのですが、北欧の文化だけを日本で紹介するだけで良いのかなと思うようになりました。
そして「北欧の幸福度の高さ」に着目するようになったのです。そのあたりを啓蒙していきたいと考え、自己肯定感を高めることの大切さなどをテーマにした本を書きました。
男性読者からの反響も大きいそうですね。
一応女性向けの本だと思って書いたのですが、意外に男性の方からメールをたくさんいただいて驚きました。特に証券会社勤務の方など、競争の激しい世界にいらっしゃる30代くらいの方からの反響が深いですね。
男性向けの本にはこういったテーマはあまりないかもしれません。「もっと頑張れ」みたいな内容が多い中で、自己肯定感を高める、幸せになるためのテーマは男性にとって身近ではないのかもしれません。
男性の方からは「プレッシャーに対してどういうふうに対応していいのか分からなかった」「とても参考になった」という声をいただき、私自身も驚いています。
サロン事業で心の健康をサポート
「Mind suppli(マインド・サプリ)」というサロンも運営されているそうですね。
はい、心にもサプリメントのようなケアが必要だという考えから始めました。体にサプリメントを飲むように、心にも栄養が必要だということで、この名前にしました。
サロンではいくつかのプログラムを提供しています。例えば、催眠療法では退行催眠や暗示療法など、様々なプログラムがあります。その他にも量子力学的な治療法として、エネルギー治療なども行っています。
特に人気なのは、経営者の方で「ビジョンが見えない」という相談を受けた時のプログラムです。特に女性の経営者に多いのですが、そういう時は「未来回顧録」というプロジェクトを一緒に作成します。それを作った後は、皆さん迷いや不安がなくなるのです。
どのような方が利用されているのですか?
主婦の方から経営者、医師まで、さまざまな職業の方がいらっしゃいます。とても面白い環境で、私自身も勉強させてもらっています。
日本はあまり海外のように、自分の心の話を聞いてくれる人や場所がありません。そういう意味で、様々な立場の方が交流できる場としても機能しているのかもしれません。
例えば暗示療法では、人前で話せないというトラウマがある方に対して、いろいろな自分の思い込みを良い方向に変えていく、簡単に言ってしまえば記憶の書き換えのようなことも行います。
小さい頃に誰かに言われ続けた言葉で、ずっと「自分はそういう人だ」と決めつけてしまっている方がいらっしゃったとしても、そういった思い込みを外してあげることで、本来の力を発揮できるようになるのです。
次世代への事業継承と今後の展望
今の会社の出口戦略についてはどのようにお考えですか?
実は、来年2026年には世代交代をする予定です。これは以前から計画していたことで、まだ数年間は伴走しつつも、事業承継のプロセスはスタートします。
ただ、私自身は店舗やサロンの経営など、成果を上げていくということを続けたいと思っています。仕事は楽しいですし、何かを創り上げていく過程にやりがいを感じています。
M&A経験者として、多くの相談を受けているそうですね。
はい、同様の悩みをお持ちの方から多くのご相談をいただきます。
経営者の方が一番悩まれるポイントは、まず後継者がいない場合に誰も協力してくれないという不安です。特に男性のご年配の経営者は、今まで自分で築き上げてきた証のようなものを評価してくれる人がいないのではないかという心配を持たれています。
また、社員に会社を譲りたい気持ちはあっても、資金の問題や株の問題で難しいケースも多いです。そこで揉めてしまうことを心配されている方も少なくありません。
心理的な不安も大きいのでしょうね。
そうですね、気持ちの問題が非常に大きいです。「自分がいなくなってしまうのではないか」というアイデンティティに関わる不安、喪失感といった不安を抱えていらっしゃる方が多いです。
そういった不安は、実際に経験した方でなければ理解できない部分があります。私の場合は8年間残留という特殊なケースですが、その経験が今、同じような悩みを持つ経営者の方のお役に立てているのかもしれません。
最後に、今後のビジョンをお聞かせください。
超高機能繊維「機能綿」の事業は、化粧品としての可能性が非常に高いと考えています。コロナ禍以降、人々が自分の体や心を大切にしようという意識が高まっており、ウェルビーイングという考え方も浸透してきています。
このタイミングで、着ているだけで美容効果が得られる繊維や、心の健康をサポートするサービスを提供することで、多くの方の生活の質向上に貢献していきたいと考えています。
また、事業継承についても、来年2026年から本格的に準備を進めていく予定です。娘には単に事業を引き継ぐだけでなく、新しい時代に適した形で事業を発展させていってもらいたいと思っています。
経営者として一番大切なことは、楽しいこと、幸せなことを根本に持つことです。それがなければ、何をやっても長続きしません。仕事は人生で一番長い時間を過ごす場所だからこそ、自分のエッセンスを入れられるような場作りが重要だと考えています。
これからも「自分らしい経営」を続けながら、多くの方の人生や事業に良い影響を与えられるような存在でありたいと思っています。