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舞台・映画セットの夢から、空間デザインの世界へ
まず、竹林社長の経歴と、起業に至るまでの背景を教えてください。
大学時代に海外で舞台や映画のセットデザインを学び始めたのですが、当時は日本に戻るつもりはまったくなく、海外で就職してそのままキャリアを積んでいくつもりでした。ただ、デザイナーとしてビザを取得するのはやはり難しく、帰国することになりました。
海外での経験があったからこそ、日本に戻って戸惑うこともあったのではないでしょうか。
帰国後しばらくはアルバイトをしながら映画のロケに関わるなどしていたのですが、日本の業界が持つ縦割り文化に強いカルチャーショックを受けました。
海外では、発言して初めて自分の価値が認められる。そういう環境の中で7年間、自分の青春時代を過ごしてきたので、日本に戻ってきて「自分のアイデアを言ってはいけない」という空気が根強くあることが、本当につらかったです。
そこからどのようなキャリアを歩まれたのですか。
「このままでは日本ではデザイナーとして生きていけない」と感じ、例えば大使館で働いてまた海外に戻ることも考えました。
そして、23歳の時、最後のチャンスだと思って飛び込んだのが、今の会社を作るきっかけになった空間デザイン会社です。
入社後は、当初思い描いていた仕事とは少し違っていたそうですね。
その会社では最初から「営業の戦力になってほしい」と言われました。デザインは専任のデザイナーに任せて、自分はとにかく営業をしてきてくれと。
それが自分には全然おもしろくなくて、会社の方針は無視して、独自に空間デザインを勉強し直しました。図面の書き方から表現の仕方まで、すべて独学です。
その5年間で、最終的には社内で最も良い営業成績を出せるようになっていました。
会社名「リオエンターテイメントデザイン」はいつ決めたのですか。
実は大学生の時に決めていました。在学中の最後のインターンシップで、大きな現場に仲間3人で参加したことがあり、車で7時間ほどかかる遠い現場に出かけて仕事をしました。その帰り道、「この仕事をしたい」という確信が生まれて、3人で「会社を作ったらどんな名前にしようか」と話し合って決めたのがこの名前です。
日本に戻るつもりはなかったので、すぐに使うわけではなかったのですが、29歳で独立するタイミングが来た時に、ずっと心に決めていたこの名前を使いました。

「分業化は伝言ゲーム」。29歳での独立を決意した理由
29歳で独立された背景には、どのような思いがあったのでしょうか。
「分業しなければできない」と誰かが決めたわけではない、他にも成功する方法があるはずだ、という確信が芽生えたのが独立の一番の理由です。
その確信を持つきっかけになったエピソードはありますか。
入社して2〜3日目のことです。電話営業をしていたら1件アポイントが取れて、展示会の仕事につながりそうな会社との面談の機会をいただけることになりました。
普通なら「入ったばかりで右も左もわからないから先輩についてきてほしい」となる場面ですが、私には「自分が取った電話なのになぜ先輩を連れていかなければいけないのか」がどうしても理解できませんでした。
そのお客様に向き合うのは先輩ではなく自分のはずだと思ったのです。
最初から「自分で責任を持つ」という意識が強かったのですね。
先輩が1時間で考えられることを自分が思いつくのに3日かかるとしたら、3日使えばいい。それだけのことだと思って、1人で面談に行きました。
その時から、どこかに所属して組織に甘えるという感覚は、自分の中にはありませんでした。
そこから、業界の分業体制そのものにも疑問を感じるようになったのでしょうか。
デザイナーはデザイン、営業は営業、現場監督は現場だけ、という分業体制は、理屈の上では合理的に見えます。
ただ、私にはどうしてもそれが「伝言ゲーム」に映っていました。
多くの人が関わるということは、それだけ人件費が積み上がっていく。コロナ禍以降の物価上昇や資材高騰の問題もありますが、最終的にお客様の予算から多くの人件費が引かれ続ければ、肝心な空間づくりに使えるお金がどんどん削られてしまいます。
では、竹林社長はどのような形が理想だと考えたのでしょうか。
1人のクリエイターが担当できる領域を増やせば、同じ予算の中でも人件費を抑えて、最終的なアウトプットのクオリティを上げることができる。そう考えました。

「営業マンのいない会社」が生み出す、圧倒的スピード
現在の会社の強みを教えてください。
「営業マンのいない会社」であることが、他社との最大の差別化だと思っています。
やりたくない仕事は断ります。弊社の仕事はすべてオリジナルの空間づくりで、量産品とは違います。1件1件が完全に異なるアウトプットを求められる仕事なので、自分の気持ちが動かなければ、どう頑張っても120パーセントの力は出せません。
「仕事だから引き受ける」という考え方ではないのですね。
「仕事だからやる」という感覚で取り組んだものは、どこかで必ず妥協が生まれます。クライアントのブランドを空間として体現する仕事だからこそ、情熱を感じられるかどうかが前提にある。だから趣味半分と言ってもいいかもしれません。そのくらい、一つひとつの仕事に向き合っています。
その姿勢は、実際の打ち合わせの進め方にも表れているのでしょうか。
具体的には、オンライン打ち合わせの場でそれがよく表れます。弊社は全員がクリエイターですので、お客様とZoomでやり取りする際に、画面上にベクターデータやCADの図面をそのまま開いて、打ち合わせをしながらリアルタイムで修正していきます。
一般的な制作会社の進め方とは、かなり違いがありそうですね。
他の会社では、お客様の要望を営業担当者がいったん持ち帰って、デザイナーに伝えて、1週間後に提出というフローになります。これもまた伝言ゲームなので、営業担当者の伝え方次第でデザイナーへの指示内容が変わり、「こういうことではないのですが」とやり直しが発生しやすい。
直接やり取りすることで、完成までのスピードや精度も変わってくるわけですね。
弊社の場合はその場でお客様に「こういう意図でやっていますよ」と直接確認できるので、打ち合わせが短く済みますし、お客様にとってもスピーディーで、自分が思い通りのものを作り上げていける実感があると言っていただけます。
海外案件への対応力もあるそうですね。
私自身が7年間海外で生活していた経験があるので、海外のお客様が日本の展示会に出展される際のサポートも、逆に日本企業が海外の展示会に出展される際のサポートも対応しています。
国内のローカル案件だけでなく、グローバルな場面でも同じレベルのサポートができることは、業界の中でも差別化になっていると思っています。
7名のオールクリエイター。「素直さ」だけが求める資質
現在7名という体制ですが、どのような人材を求めていますか。
私が最も大切にしているのは「素直さ」だけです。自分ができないことに変なプライドがなく、分からないことを恥ずかしがらずに「分からない」と言える。そしてそれを分かろうとする姿勢。それだけです。
経験やスキル以上に、姿勢を重視されているのですね。
中途入社の方には特に感じることですが、前職での経験や肩書きを持ち込んでくる方がいます。ただ、私にとってはその方が以前何をしていたかは関係なく、うちの会社で何ができるかを見ています。
そうした姿勢の違いは、成長にも表れてくるのでしょうか。
デザイン力がまだないなら、それを素直に認めて吸収していこうとする姿勢がある人ほど、伸び率が格段に高い。雑巾がみるみる水を吸い上げるような、そのくらいの柔軟さを持った人が輝く会社だと思っています。
一方で、分業体制を取らない分、人を増やすことへの難しさもありますか。
分業化すれば人数は増やしやすいのですが、それは私の考え方とは相容れません。一人ひとりが本当のプロクリエイターとして育っていけるかどうかにこだわっています。営業もできてデザインもできる、打ち合わせも現場もこなせる、そういう人材を育てるには時間がかかります。そのため、一気に増やすことはできないのです。
それでも採用を続けるのには、別の思いもあるのですね。
ただ、株式会社として経営している以上、雇用を生むことは責任だと思っています。デザイナーを目指している若い人たちの受け皿になる。それが、会社を大きくしたいという欲より先にある動機です。
今後の採用では、どのような人と仕事をしたいとお考えですか。
美大を出てデザイン力はあるけれどお客様とのコミュニケーションが苦手な人、逆に営業感覚はあるけれどデザインはこれからという人、どちらでも構いません。
大切なのは、自分の今の弱さを認識した上で、本気でそれを超えようとする意志があるかどうかです。過去の経験や肩書きをいったん手放して、うちの仕事に向き合えるかどうか。それができる人なら、必ず力になれると思っています。

コロナ後の縮小、そして再スタート。今、ふたたび原点へ
会社の現在の状況を教えていただけますか。
元々は空間をつくるクリエイティブチームと、運営やノベルティを担う企画・プランニングチームの2部門体制で動いていた時期がありました。
それらのデザインの部分を合わせたのがリオエンターテイメントデザインだったのですが、コロナ禍を経て、その企画部門のメンバーが退社することになりました。
その時はどのようなお気持ちでしたか。
正直、大変つらい時期でした。積み上げてきたものがいっきに崩れるような感覚がありましたし、自分の判断が間違っていたのではないかと振り返ることもありました。ただ、状況を嘆いていても何も変わらない。
結果的に、創業時のスタートラインに戻ったような状態で、今は純粋なデザイン会社として再スタートを切っています。縮小という見方もできますが、私には原点に立ち返った感覚がありました。
「インプットからアウトプットまで全部リオで」。内製化という夢
今後のビジョンを教えてください。
今、弊社でデザインした空間の造作物はすべて外注です。東京に10社ほど、大阪・名古屋にも関係する工場があって対応してもらっています。それはそれで柔軟に動ける利点があるのですが、自分がデザインしたものを自分たちで実際につくっていないというもどかしさは常にあります。
その「もどかしさ」の先に、次の構想があるのですね。
いつか木工工場などと業務提携して、うちがデザインしたものはそこで製造するという一貫した体制が作れたら、もっとクオリティの高い空間デザインができるだろうと思っています。インプットからアウトプットまで、すべてリオという看板でお届けできる。それが今の一番大きな夢です。
業界課題として、若い大工・職人の減少もありますね。
そこが難しいところで、工場を持つ自体は難しくありません。ただ、職人の高齢化が進んでいて、若い世代への技術継承がうまくいっていない。忙しい時期はいいのですが、繁閑の波が激しいこの業界で、大工さんを自社で抱えるコスト面のリスクも現実としてあります。
デザイナーが設計から製造まで一貫して関わる、そんな組織の在り方を模索しながら、少しずつ形にしていきたいと思っています。
「空間でブランドを伝える」。それが私たちの仕事
最後に、皆様へメッセージをお願いします。
弊社には自社製品がありません。私たちがつくっているのは、お客様のブランドや価値観を「空間」として表現することです。プロダクトではなく、お客様のブランド力そのものを空間という形で届けること、それが私たちの仕事の本質だと思っています。
その考え方が、御社の強みにもつながっているのですね。
だからこそ、自社の製品ラインに縛られることなく、お客様ごとに完全にオリジナルの空間をゼロから設計することができます。展示会や店舗、イベントなどで「自分たちのブランドをもっと強く伝えたい」とお考えの企業様、ぜひ一度ご相談ください。
企業だけでなく、今後は新たな協業も視野に入れているそうですね。
木工や什器製造を手掛けておられる会社様や、コンパニオン・運営まわりの企業様とも、ぜひ連携できればと考えています。空間デザインは、設計・製造・運営が一体になって初めて完成するものです。一緒に、お客様に最高の空間体験を届けられるパートナーをお待ちしています。





