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証券マンから起業家へ。育毛剤でテレビ出演、ペット専門チャンネル創設と波乱のキャリア

まずは毛利社長のこれまでのご経歴を教えてください。
私は大阪出身で、証券会社に8年間勤務しました。その後、損害保険会社に転職したのですが、1993年5月に独立を決意したんです。周りからは「一体何の仕事をするつもりなんだ」と言われましたが、自分の中では「金儲けをしたい」という明確な目標がありました。
独立してすぐの事業は何だったのですか?
保険会社時代に、ある貿易会社の社長から「この毛生え薬はホンマに毛が生えんねん」「オマエ営業上手いから売ってみぃひんか」と持ちかけられたんです。最初は「毛生え薬なんかで毛が生えるわけないやん!」と思っていたのですが、たまたま雑誌『Views』と『DIME』にその商品が取り上げられているのを見つけ、ひょっとしたらこれはいい商品化も、売れるんじゃないかなと思いました。
それと並行して、駅のホームで出会ったアイデアマンとの出会いが私の人生を変えました。その人物は育毛剤で一発当てた経験があり、その後もロンドンバスを使った飲食店やキャンピングカーを空き地に並べてカラオケボックスにするなど、次々と斬新なビジネスを展開していました。彼が当てた育毛剤の顧客リスト約5000人のリストもあることから、アメリカでは処方箋がなければ買えない育毛剤の個人輸入を始めることになりました。
そしてすぐに会社を設立、社名は「株式会社ダーマ」としました。ダーマの由来は「Dermatolory皮膚科」です。退職金を使い、パンフレットを作成し、アイデアマンのパートナーに借金の返済金を貸してやった時点で手持ちの資金は無くなりました。
最初からうまくいったのですか?
いえ、最初から失敗の連続、誰も見向きもしませんでした。
まずはパートナーのアドバイスで、各新聞社にニュースリリースを送りました。その中で一社、産経新聞社が「株式会社ダーマ(大阪市)がアメリカの育毛剤の個人輸入を開始」というタイトルで記事が出ましたが反応はゼロ!でした。次は秘策の5000人の貨客リストへのダイレクトメールです。一箱購入してくれるだけで25000円の利益。半分は購入してくれるのでは?いや3分の1でも4000万の利益です。ダイレクトメールを全員に送るだけの切手代が無く、まずは200人にダイレクトメールを送りました。購入希望者はゼロ!電話がかかってくるのですが、その内容は「なんでこんなDMをオレのところに送ってくるんだ”!?」「どこで住所をしらべたんだ!?」といったクレームの連続でした。
結局、謝金をして5000人に送り終えた結果、購入者は40人、その利益の100万円は生活費に消えてしまい、40人に商品を送るための育毛剤の購入資金も無く、途方に暮れました。そのうち今度は「商品が届かない!」というクレームの対応が始まるわけです。
そんな落ち込んでいた時に、お客様だった大手商社の経営者の方が声をかけてくれたんです。「オマエ、しょぼい顔をしているけど、なんか育毛剤を売り歩いてるらしいなぁ」と、「どないして欲しいねん?」と聞かれ、「そりゃぁ、雑誌やテレビで取り上げられたら嬉しいですが」と答えたら、その場で当時の読売新聞の副社長に電話を掛けてくれ、TBSのプロデューサーを紹介してもらいました。それがきっかけで2時間の新番組「情報スペースJ」の中で、育毛最前線という30分のコーナーが出来、そのコーナーの最後にダーマの育毛剤が紹介されました。
テレビの反響はいかがでしたか?
番組の最後、23時前に会社の電話番号のテロップが流れたと同時に夜中の2時ごろまで、4台の電話が鳴りやまないんです。ちなみに彼のアドレスで、電話を取ったときに相手側の住所を書いて切手を貼ってパンフレットを送ることは止めて、175円分の切手を同封の上、資料希望と書いて送ってもらうことにしました。その後、こちらからパンフレットを送り、申し込みは現金封筒でお金が届き始めました。それからというもの、注文が殺到し、放送の翌日は弊社の電話局がパンク!。のちに電話局の職員が弊社を訪ねて来て聞いた話ですが、近所の会社は電話が掛けられなくなり、大変なことになったとか。またこんなことをするときは事前に局に話をしてほしいとのことでした。多いときは 一日に4~5000万の現金封筒が届きました。
その後、他局からも取材の依頼があり、フジテレビの『スーパータイム』などニュース番組に取り上げられ、その育毛のコーナーだけが、ローカル局のニュース番組の一部に採用され、反響はすごかったです。「テレビに出れば物は売れる!」メディアのすごさを実感しました。
その後、数年たって、弊社の育毛剤と同じ商品が大正製薬から「リアップ」という名前で販売が始まり、弊社のものと同じ育毛剤なので、今後はそちらを購入するよう伝えて個人輸入の代行事業を終えました。結果、個人輸入の代行業務を終えた時点で、約40億円分の育毛剤を売りました。
テレビの力を知り、メディアビジネスへ。そして再生可能エネルギーとの出会い

テレビの力を知った後はどうされたのですか?
当時、テレビ局のプロデューサーやディレクターから、これからテレビのデジタル化が進み、民間放送局の多局化が進む。専門チャンネルが出来、どこの馬の骨とも分からない人間でもテレビ局のオーナーになれる時代が来る。テレビ局のオーナーになれば、物を売りまくれると思いビジネスチャンスと捉え、育毛剤ビジネスで得た資金、約10億円を持って東京に出てきました。当時、CS放送の黎明期で、「戦後のどさくさ紛れと同じで金儲けができる」と思い、一般受けする日本初の動物ペットの専門チャンネル「ペットTV!」を立ち上げました。当時は、犬を飼っている世帯が1,150万世帯、猫が850万世帯。このマーケットに向けて情報を発信すれば成功すると考えたのですが、これが大失敗でした。
何が問題だったのでしょうか?
まずは『スカパー!』自体がまだ普及していない時期で、「スカパー!って何?」という状態からのスタート。視聴世帯数が80万世帯からのスタートです。うまくいくはずがありませんでした。また、番組コンテンツを、ワンちゃんを飼っている1150万世帯、猫ちゃんを飼っている850万世帯に向けて情報を発信したことも失敗の原因でした。今みたいにネットがない時代、ワンちゃん猫ちゃんを飼っている人たちの知りたい情報は、病院やドクター、トリミングサロンやペットショップ、ペットフードなどですが、これらの情報はそれぞれコミュニティーがあり、そこから得ている人たちがほとんどでした。それとは反対に、ランチュウや伝書鳩、クワガタや爬虫類の番組の人気があると思ったときには遅かりし、持ってきたお金や増資したお金も全部溶けてなくなり、会社と放送免許を最終的にM&Aで売却しました。この経験から、コンテンツの重要性とマーケットのニーズを正確に捉えることの大切さを学びました。
その後、再生可能エネルギー事業に参入されたきっかけは何ですか?
売却して、株主さんにもお金を返し、残ったわずかなお金で放送事業が忘れられず、他の専門チャンネルの一部の枠を借りて、自作のコンテンツを流してもらうこともやったり、ITビジネスにも手を出したのですが、専門知識がなく失敗の連続でした。
そんな中、リーマンショックのころ、太陽光の事業を紹介され、父親が防衛省の関係者を良く知っていたので、防衛省の共済組合と組んで、戸建てに住んでいる自衛官に屋根上の太陽の販売を始めました。売れはしたのですが、やはり手元に資金が必要なので、1000万円ほどのお金を借りようと、ある経営者に借金の相談をしたところ、「なんか君は大手企業の経営者を沢山知ってるらしいなぁ?」「太陽光発電所を欲しい会社を探してくれへんか?」とお願いされ、タカラレーベンの社長を紹介したところ、まさかの太陽光発電所の購入に結び付き、3000万円の手数料をもらいました。これをきっかけに太陽光業界で一旗揚げようと思い、電所の売買にブローカーとして携わり始めました。
省エネ空調機器事業はいつから始められたのですか?
太陽光発電所な開発、中古の発電所の売買は順調に進んでいました。そんな時、昔LEDを売っていた友人から、空調の省エネ機器の在庫を抱えてくれないか、との相談がありました。わけの分からない物を売ることに抵抗も感じましたが、在庫に関しては必ず今関係している3名で全部売るからという約束も取り付けましたし、悪いものでもなさそうなのと、太陽光事業もいつまで事業として出来るか分からなかったこともあったので、在庫を全て引き取り、その事業に携わっていた社員の面倒をみることになりました。
省エネ事業を専門とする会社を設立し、営業体制も整えようと社員も募集し事業を始めましたが、思ったように在庫は全く減らず、赤字続き、売ると約束して引き取った社員は出社もせず、売れない在庫を僕に押し付けただけの状況でした。僕が一人で運営している片方の太陽光事業の会社は、順調に利益が出ており、太陽光事業の会社から省エネ事業の会社の社員の給料を払うなど、そんな状況が続き、会社の経理がごちゃごちゃになってきたので、2020年に、太陽光発電事業と空調機の省エネ事業を統合し、新会社としてイーエスジーテクノロジーズ株式会社を設立しました。
ESG経営の本命として注目される理由。脱炭素、バイオマス、CO2削減への取り組み

省エネや再生可能エネルギーの業界は、今後どのように変化していくとお考えですか?
これからは間違いなく、すべての企業がESGに取り組まなければ生き残れない時代になります。ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字ですが、特に環境への配慮は企業経営において避けて通れないテーマです。
最近は少し言葉が落ち着いてきましたが、「ESG投資」という考え方が広まっていますよね。ESGに取り組んでいない企業には投資が集まらない時代になっています。当社が関わっているのは、まさに脱炭素とCO2削減という、ESGの中核をなす分野です。
そのため、M&Aの話も数多くいただいていますし、M&Aが難しくても「資本を入れさせてほしい」「パートナーとして提携させてほしい」という申し出が続々と来ています。この流れは今後も止まらないでしょう。
自治体との連携についてはいかがですか?
各市町村、行政も脱炭素をどう進めていくか模索しています。ただ、ほとんどの自治体が具体的な取り組み方が分からず、立ち止まっている状態です。そこに対して、当社がソリューションを提供しながら、一緒に取り組んでいく形を考え、進めています。
太陽光発電はもちろん、これから力を入れていきたいのがバイオガス発電です。バイオガスはまだまだ成功例が少なくほとんど手つかずの状態で、ここで本格的に取り組めばトップランナーになれる可能性があります。
脱炭素、CO2削減、再生可能エネルギー、これらは世界中が求めている分野です。北米やアジアなど、海外からの引き合いも非常に多く、話をするとみんな食いついてきます。私が生きている間は、この状況はずっと続くと思っています。
2028年東京プロマーケット上場へ。M&Aも視野に世界展開を加速
今後の御社の将来像について教えてください。上場も視野に入れていらっしゃるとお聞きしました。
2028年に東京プロマーケットへの上場を目指しています。ただし、上場の目的は株式の売買や資金調達ではありません。
東京プロマーケットへの上場は、比較的コストを抑えて実現できます。そして、上場しているということは、監査法人を入れて適切な会計処理を行い、ガバナンスもしっかりやっているという証明になります。
つまり、もし当社をM&Aしたいという企業が現れた場合、相手企業からすれば「最低限の経営体制が整っている会社」として安心して評価できるわけです。上場する理由の一つはそこにあります。
上場後の選択肢についてはどうお考えですか?
上場してから売却してしまうのか、それとも社員と一緒に成長を続けて、さらに上のステージに上がっていくのか、それは上場後に考えたいと思っています。
私は証券会社出身なので、上場することの意義や、注目を浴びることの重要性は理解しています。そこで今は、優良企業に株主になってもらうための動きを始めています。
新製品を売り始め、今まで通りの動きをしていれば、正直当社の力だけでも成長していけると思います。ただ、私が想定しているのは、EUを含む世界中に当社の商品を販売していくというビジョンです。それを実現しようと思うと、当社だけでは時間がかかりすぎます。
だからこそ、資本を集め、戦略的パートナーとなる企業と協力することで、もっと早く事業を発展させられると考えています。今は上場企業に株主になってもらう動きを本格化させています。
具体的な戦略はありますか?
上場企業が3〜4社株主として入ってくれば、それが呼び水となって、さらに多くの企業が注目してくれるようになります。そうなると、「東京プロマーケットではなく、いっそのことグロース市場やスタンダード市場を目指そう」という話になる可能性もあります。
そういった上場企業の力を借りることで、売上をさらに伸ばし、日本だけでなく世界市場でもっと上を目指していきたいと考えています。
とにかく、上場という場所も大切ですが、何より世界で唯一の技術を持つこの商品を、5年以内にグローバル市場で広く採用されるようにしたい。そのための手段として上場を活用していくつもりです。
まだ知られていない省エネ技術を日本中、世界中へ

最後に、御社が最もPRしたいことを教えてください。
やはり、当社の商品の素晴らしさを知ってほしいということに尽きます。
日本中を見渡してみてください。空調機を使っていない場所なんてありません。オフィス、店舗、工場、病院、学校、すべての場所で空調機が使われています。そのすべてに省エネの余地があるんです。
当社の技術を使えば、大幅な電力削減が実現できます。これは単なる企業のコスト削減だけでなく、日本全体の脱炭素、CO2削減にもつながる取り組みです。この技術を日本中、そして世界中に知ってもらいたい。それが私の願いです。





