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公認会計士の道から家業へ──予期せぬ経営者への転身
まずは國枝さんの経歴を教えてください。
よーじやは今年2025年に121年目を迎える企業で、私は5代目にあたります。ただ、私自身は正直なところ、会社との接点もあまりなく事業を継ぐイメージができませんでした。幼少期の頃から「よーじやの息子」という目で見られることが嫌で、むしろ家業とは距離を置いていました。
大学卒業後は公認会計士試験に合格し、監査法人に入社しました。よーじやの経営とはまったく別の道を歩んでいたんです。
家業に戻られたきっかけは何だったのでしょうか。
監査法人で働いていた頃、ある日突然、社員の方から連絡があり「一度会って話がしたい」と言われました。そこで初めて「会社に入ってほしい」と言われたんです。正直、それまでほとんど社員の方々と接点がなかったので驚きましたが、同時に「自分が必要とされている」と初めて実感した瞬間でもありました。
そして、その1〜2ヶ月後に先代が倒れるという出来事がありました。今は一命を取り留めていますが、このタイミングで戻らなければいけないという運命を感じたんです。それが2019年8月のことです。よーじやに入社したタイミングで、代表者として戻ることになりました。
継ぐつもりがなかった方が急に代表になられて、どのようなお気持ちでしたか。
正直、覚悟が決まったという感覚でした。ただ、よーじやという会社のことをほとんど知らなかったので、お客様に近い目線で色々と見ることができたんです。入社してから半年間、会社の状況をじっくり観察しました。
その中で感じたのは、このままのビジネスモデルでは危機感があるということでした。観光土産としての需要に依存しすぎていて、数十年先を考えたときに持続可能なのか疑問を感じました。ただ、入社して間もない30歳の人間がいきなり「今までのやり方を変えよう」と言っても、誰もついてきてくれないだろうとも思っていました。
そんな中、入社半年後にコロナ禍が訪れたのです。
コロナ禍が教えてくれた「愛されるブランド」の意味
コロナ禍での影響はいかがでしたか。
コロナ禍では店舗売上が大きく落ち込み、厳しい状況が続きました。一方で、オンラインショップは伸びたものの、全体売上を支えるほどの規模ではありませんでした。この経験を通じて、「よーじやがなくても困らないブランドになってしまっている」という強い危機感を抱きました。
さらに同じ化粧品業界の中でも、コロナ禍で過去最高の売上を記録したブランドがあったことにも衝撃を受けました。その違いは何かと考えたとき、私たちが観光需要に依存し、日常的に愛されるブランドになれていなかったことに気づいたのです。
そこからどのような方向転換をされたのでしょうか。
まず、社内の体制を変えることから始めました。実は当時、社員同士の連絡は内線電話が主で、メールも個人のメールアドレスはほとんど持っていませんでした 。会社支給の携帯電話もなく、固定電話だけが社員の数以上にあるという状況だったんです。
ある意味、変えなければいけないことだらけでしたが、コロナ禍という危機的状況だからこそ、社員の皆さんもついてきてくれました。もしコロナがなければ、私の提案を聞いてくれなかった可能性もあります。そういう意味では、コロナ禍は私の責任感とモチベーションをより高めてくれる出来事でもありました。
あぶらとり紙屋さんからの脱却──商品展開と新たな挑戦
よーじやといえばあぶらとり紙のイメージが強いですが、今後の方向性を教えてください。
実は、あぶらとり紙が主力商品になったのは35年前からなんです。それまでの約85年間は、あぶらとり紙は取り扱い商品の一つに過ぎませんでした。1990年頃に「あぶらとり紙ブーム」が起こり、京都以外からもお客様が殺到するようになったことで、よーじやはあぶらとり紙屋さんになってしまったんです。
当時は、あぶらとり紙が看板商品として売上を大きく支えていた時代もありました。しかし現在では、そのピーク時と比べると売上規模は縮小しています。
あぶらとり紙以外の商品展開はどのように進められているのでしょうか。
実は、あぶらとり紙に次いで売上が高いのがハンドクリームです。私が入社した当時、ハンドクリームはまだ1種類しかありませんでしたが、この5年間で季節限定商品を含め、ラインナップを大きく広げてきました。秋冬には、ハンドクリームの売上があぶらとり紙を上回ることもあります。
また、今回お持ちした箱型のあぶらとり紙は、使いやすさを重視した商品です。従来の冊子タイプは、「1枚ずつちぎるのは面倒」というお声をいただいていました。そこで、ちぎらずに手軽に取り出すことができ、日常づかいしやすい大容量の200枚入りにしました。
コーポレートキャラクターの「よじこ」についても教えてください。
実は、従来の手鏡に映る女性には長い間名前がなかったんです。社内では「よじこ」と呼ばれていたのですが、2024年の120周年を機に、正式に「よじこ」という名前を付けました。そして、2025年3月のリブランディングを機に、コーポレートキャラクターとして新たに誕生しました。SNSでも大きな反響をいただき、今ではよじこちゃんと親しまれるようになっています。
もしかしたら、あぶらとり紙以上に強い存在になるかもしれません。あぶらとり紙は若い頃は必要でも、年齢を重ねると使わなくなる方もいらっしゃいます。でも、コーポレートキャラクター「よじこ」のグッズは、持っているだけで可愛いとか、お土産に喜ばれるという声もいただいています。
京都以外への出店も進められているそうですね。
はい。これまでは「京都に来てください」というスタンスでしたが、それでは今後厳しいと考えました。京都の観光を取り巻く状況は、オーバーツーリズムの問題や人口減少、修学旅行の減少など、日本人観光客が年々減っています。
駐車場問題やバスの混雑を乗り越えてまで、わざわざよーじやを買いに来てくださる理由があるのか。そう考えたとき、私たちが皆様に近づいていく必要があると感じました。
そこで近年は、札幌、東京の北千住、大阪の梅田に新たに出店しました。また、ロフトさんなどのバラエティショップにも商品を置いていただいています。特に北千住は、あえて観光地ではない場所を選びました。店舗周辺に住んでいる方々に、何度も足を運んでいただけるお店を作りたかったからです。
カフェ事業にも力を入れられているんですよね。
はい。2025年2月27日に、京都の四条河原町に新店舗をオープンしました。もともとカフェ1号店は20年以上前から運営していたのですが、新店舗では化粧品とカフェを同じ建物で楽しんでいただけるようにしました。
これまでのカフェは嵐山にしかなく、桜の季節などは大変混雑していました。しかし新店舗は京都の中心部にあるため、平日は地元の方が気軽に立ち寄ってくださる姿も見られます。
実は、新店舗のカフェでは、京都の豆腐店「久在屋」さんが展開するスイーツブランド「AMAIMON KYUZAYA」にプロデュースいただいたスイーツを提供しています。多くの方から「よーじやの名前にしないのか」と聞かれるのですが、久在屋さんが持つ歴史や技術の価値をきちんと伝えたいという思いがありました。
よーじやだけでは実現できないことを、京都の企業と協力しながら取り組んでいく。そうすることで、よーじやに来ればまだ知らなかった京都の良いものに出会える、そんな場所にしていきたいと考えています。
京都サンガF.C.のスポンサーとして地域に貢献
地域貢献活動として、京都サンガF.C.のスポンサーになられたそうですね。
はい。京都サンガF.C.に加えて、バスケットボールチームの京都ハンナリーズも支援しています。京都に貢献したいと思ったとき、まず何から始めればいいのか迷ったのですが、地元のスポーツチームは地元の人が一番応援しやすいですし、私自身がスポーツ観戦が好きだったこともあり、スポーツを通じた応援から取り組むことにしました。
特にサンガの試合はとても魅力的で、昨シーズンはほとんどの試合を現地で観戦したほどです。
ほぼ全試合を観戦されたんですね。
「仕事していないのでは」と言われることもあるのですが(笑)、私にとってはこれも仕事の一つだと思っています。本気で応援することでサポーターの方に喜んでいただけますし、よーじやの課題だった「京都の人にとって近くて遠い存在」という距離感が、スポンサー活動によって縮まってきたと感じています。
観光業の企業がJリーグチームのスポンサーになるケースは多くないようですが、価値のある取り組みだったと思います。最近では、サンガ好きが高じて、サンガのラジオコーナーにも定期的に出演しています。
サポーターの方々との交流も生まれているのですね。
新店舗がオープンしたときは、何十人ものサポーターの方々が来店してくださいました。地元の方々と共通の話題で繋がれることが、本当に嬉しいです。この場をお借りして、改めて感謝をお伝えしたいです。
京都全体の課題解決に貢献できる企業を目指して
今後のよーじやグループの展望を教えてください。
よーじやは、認知度というハードルはすでにクリアしています。多くの企業がまず目指す「知ってもらう」という段階は越えているんです。ただ、それが逆に「あぶらとり紙屋さん」というイメージから抜け出せない課題にもなっています。
最終的に目指すのは、日常的な化粧品屋さんという従来のイメージを超えた存在です。よーじやが強みとして持つべきもの、存在意義はどこにあるのか。それを考えたとき、京都に関わる人たちにとって必要な企業にならなければいけないと強く思いました。
具体的にはどのような取り組みを考えていらっしゃいますか。
本業の化粧品や飲食事業をしっかり成長させることはもちろんですが、それだけではなく、京都全体の社会問題や課題の解決に貢献できる企業でありたいと考えています。
例えば、観光客が京都市内に集中して、京都市以外のエリアが過疎化しているという問題があります。こうした京都府全体の課題に対して、民間企業の立場から解決に貢献していきたい。事業を追求するだけでなく、京都に貢献できる企業であることが、私たちの最終的な目標です。
新規事業についてもお考えがあるのでしょうか。
まだ具体的な内容は決まっていませんが、よーじやブランドではできないことを成し遂げるための新事業を考えています。「よーじやがこんなことをするんだ」と皆さんにワクワクしていただけるような事業を、必ず成功させたいと思っています。
いつになるかは分かりませんが、よーじやのロゴを見たときに、「あぶらとり紙屋さん」ではなく「京都のために頑張っている企業なんだ」と思っていただけるようになること。それが最終形態だと考えています。
最後に、事業承継を考えている方々へのアドバイスをお願いします。
事業承継の難しさは、受け継ぐ側がコントロールできないことにあると感じています。ただ、今は良い時代だと思います。ネットを通じて事業承継に関する情報を自分で収集できますし、専門家に相談することも容易です。
私の場合、公認会計士として財務や税務の知識があったこともあり、事業承継は比較的スムーズに進みました。株価が高い企業では相続や贈与で苦労するケースもありますが、幸い大きな負担はありませんでした。
一番お伝えしたいのは、親子でしっかり話し合ってほしいということです。子どもの側も将来設計に関する知識を持ち、その上で親と膝を突き合わせて対話する。そうした準備が、事業承継を成功させる鍵になると思います。
将来を見据えて今決断することは簡単ではありませんが、ビジネスをしていると、常に先を読んで行動する必要性を痛感します。このままの状態を放っておくと、誰にとってどういうデメリットが生じるのか。そこまで深く考えることで、局面が変わる可能性もあると思います。





